
こんにちわ!こんばんわ!よしこです!
今日は「私の育て方がいけなかった」
についてお話します!
【「私の育て方がいけなかった」と思ってしまうとき】
お子さんがいる方なら、一度は頭をよぎったことがあるかもしれませんね。
「子どもがうまくいかない」「非行に走った」「人に迷惑をかけた」
そんなとき、多くの親が自分を責めてしまいます。
「私の育て方が悪かったのかしら」
でも、この言葉の裏には、少し違う意味が隠れていることがあるんです。
【子どもの行動はすべて親のせい?】
まず考えてみたいのは、子どもの行動はすべて親の育て方の結果なのか?ということです。
たしかに親の影響はゼロではありません。
でも、親の育て方だけで人の人生が決まるほど、単純でもありません。
子どもが非行に走ったり、迷惑をかけたりするのは、「自分で選んでやっている」こと。
それは、子どもの意思なんです。
悪いとわかっていても「試してみたい」「やってみたい」それが成長の通過点でもあります。
親が「私の育て方が悪かったのかしら」と思い悩むのは、実はちょっとズレているんですね。
【子どもは経験しながら学ぶ】
子どもは失敗を通して学び、そこから自分の軸をつくっていきます。
だから、親が先回りして「そんなことしちゃダメ」と止めすぎると、子どもの「生きる力」を奪ってしまうこともある。
大切なのは、「子どもがなぜそれをしたのか」を理解しようとする姿勢です。
うまくいかなくても、それは「学びの途中」なんです。
【「私の育て方が悪かった」の裏にある心理】
心理学的に見ると、この言葉の裏には「無意識のメッセージ」が隠れています。
それは、「私の言う通りにしていればうまくいったのに」とか「私の期待に応えてほしかった」という思い。
もちろん、そんなつもりで言っていない親がほとんどです。
でも、子どもは「責められている」と感じてしまうんです。
つまり、親の「自責の言葉」は、子どもにとっては「コントロールされている」というメッセージに聞こえてしまう。
このすれ違いが、親子の間に深い溝をつくります。
【親子は別人格】
何度も言いますが、親子であっても別人格です。
子どもは「親の作品」ではありません。
うまくいけば子どもの手柄、失敗しても子どもの経験です。
親は「見守る人」であればいい。
「致命的な失敗をしないように」と祈りながら、あとは本人に任せる。
そのくらいの距離感が、ちょうどいいんです。
【子どもを理解しようとする姿勢】
「そんなことしなくていいのに」と言いたくなる場面もあるでしょう。
でもそこで一度立ち止まって、「なぜこの子はこれをしたいんだろう」と考えてみてください。
理解しようとする姿勢こそが、信頼を育てます。
親が落ち込むより、子どもを理解しようとする時間の方が、ずっと価値があります。
【誰も救われない言葉を手放そう】
「私の育て方がいけなかった」という言葉は、誰も救いません。
親も苦しくなり、子どもも責められた気持ちになる。
この一言を手放すだけで、親子関係はずっと楽になります。
子どもは子どものペースで学び、成長していきます。
親ができることは、その姿を信じて見守ること。
それだけで十分なんです。
【まとめ】
子どもが失敗するのも、迷惑をかけるのも、成長のプロセスです。
親ができるのは、「理解する」「信じる」「見守る」
それ以上は、子ども自身の人生の領域です。
「私の育て方がいけなかった」と思うより、「この子はいま、何を学んでいるんだろう」と考えてみてください。
その視点の違いが、親子の関係をやさしく変えていきます。


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