こんにちわ、こんばんわ、Y子です。今回は「資格試験」についてです。
Y子が資格試験に挑戦し続ける意味
それは、なりたい自分になるためです。
デザイン学校に行っていた頃、学生全員で受けましょうといった資格もありました。
しかし、それはなりたい自分になる資格ではありませんでした。
なんとなく就職、アパレルの現実を知る
2年制の専門学校卒業の後、サンプル縫製の会社に就職しました。
そこで基本給10万円という現実を突きつけられました。
「好きを仕事にできた!」という意識はありましたが、
さすがに10万では生活できません。
早々、10か月で撤収することを決めました。
生活のため派遣社員になる
とりあえずお金になる仕事と思って、派遣社員になりました。
大手電力会社の事務仕事が決まり、それはそれは楽しかったです。
給料は倍になるし、いい人に囲まれて、たのしく仕事をしていました。
しかし、所詮派遣社員。いつか終わりは訪れます。
社員さんからの一言で、人生がひっくり返る
楽しい飲みの席で、社員さんに
「いつまで派遣やってるの?」
といわれました。
この言葉に激震がはしりました。
この言葉がなかったら、きっと私はいまも派遣社員として
色々な会社を、転々としていたでしょう。
思い立ったら即行動!
派遣という夢の世界から抜け出し、
資格をとろうと決意しました。
どうせとるなら、国家資格!
そして一生使える資格!
女性でも肩たたきにあわないしごと!
トータルで考えて「看護師になろう!」になりました。
あっ!相談する人がいない
決意はしたものの、友人にも親戚にも看護師はいない。
ましてや、医療従事者も一人もいない。
相談する人を求めて、とりあえず
ナースプラザに行きました。
しかし、施設の方は、転職相談にきたものと勘違いして、
病院の紹介をしてくれました。
「ちがうんです!わたしまだ免許持ってないんです!」と
伝えると
「あっそうなのごめんなさいね」なんて言われ
看護学校一覧をくれました。
それが22歳の夏でした。
看護学校に入学するため、お金をつぎ込む
すでに高校を卒業し、4年たってました。
受験科目は5教科。
自力では絶対に受かりません。
そこで、予備校に通うことにしました。
授業料はすごく高かったのですが、この選択しかありませんでした。
遅れをとった人生を取り戻すために、
お金で解決できることは、お金で解決しようと割り切っていました。
晴れて看護学生へ
23歳の春、看護学校に入学しました。
公立の専門学校のいうこともあり、
現役、一浪以外の社会人の割合は1割くらいいました。
看護師国家試験までの道のり
国家試験を受かられるようになるまでの看護学校の3年間が辛いです。
私はクラスメイトにも恵まれ結構楽しい学生生活を送っていましたが
実習がとにかく辛いです。
3年生の各論実習の時は「学生には人権はない」と思っていました。
行動計画を仕上げないと次の日の実習は出来ないし、
その記録書けないと寝れないし、
根拠がずれてると書き直しだし。
母性実習(産科実習)のときは丸2日寝られず死にそうでした。
看護師国家試験合格者発表
看護師国家試験の合格率は90%前後と決して難しくはありません。
無事合格を頂き、やっと看護師になることができました。
看護師になって人生が変わった
とにも、かくにも看護師になりたかった。
それまでアパレルや派遣や働いてきたけど、
女が自立できるほどのお給金を頂いたことはなかった。
私の辞書にナイチンゲールがどうのこうのは無かったけど
看護師になれたおかげで、自由に、楽に生きられるようになりました。
「なりたい自分になれた」と思います。
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